【ベルリン旅行記】シュレーディンガーの宿(中編)【私小説】

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んん? 夫は何を言っているのだ。

 

「確かに信じられないような話だけど、20年経っても断言できないってのはどういうことなのさ」。夫の話があまりにも突拍子がないので、思わず長台詞をしゃべってしまった。

 

夫が述懐するところでは、約20年前の冬。1カ月ほど中央ヨーロッパを一人旅していた夫は昼過ぎ、鉄路、ベルリンに入った。

 

2泊3日の滞在計画。その日はDeutsche Oper Berlin(ドイツ・オペラ・ベルリン)で観劇するつもりだったため、早めに宿を決めたかったらしい。

 

「ってか、日本で予約してなかったの?」と聞くと、「出国前に予約するのがめんどうでね。ドイツ語で文面考えないといけないでしょ?それより現地に行けば何とかなると思ったし、それも旅の醍醐味でしょう」などと笑っている。

 

貧乏学生だった夫の狙いはユースホステル。インフォメーションの男性スタッフと片言のドイツ語と英語でやり取りし、2泊目は押さえたが、1泊目が決まらない。

 

ほかには当時のレートで1万円超えのホテルしか空きがないのだという。

 

そのスタッフは背が高く、オリバー・カーンのような風貌。夫が困っていると、彼はある「宿」の住所を記した紙と地図を手渡した。

 

「オリバーが言うには、その宿はインフォメーションでは予約できないらしく、現地に直接行けということみたいなんだ。もちろん、オリバーのドイツ語を全部聞き取れたわけではないけど、住所の紙と地図を踏まえると、そういうことなんだろうと僕は解釈したわけさ」

 

夫は、そのオリバー・カーン風のスタッフに「ダンケ・シェーン」とお礼を言い、その「宿」に向かった。

 

夫は重いスーツケースを引きずりながら地下鉄やトラムを乗り継ぎ、その「宿」の前に立った。おしゃれだが、ごつごつした石畳の通りに面している。

 

しかし、目に映るのは、ホテルでもなければユースホステルでもない。

 

「日本の一戸建てやマンションとは違っていて、通りに4階建てとか5階建てとかの建物が連なっているんだよ。問題の『宿』は、おそらくそれらの建物の一角だから、僕は『あ、これは民宿みたいなもんなのかな』と思ったね」

 

とにかく夫は、住所と地図をあらためて慎重に確認し、緊張した面持ちでドアベルを鳴らしたらしい。

 

年老いた人がドアを開けてくれた。

 

ショーン・コネリー風の男性だった。

 

 

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