イオン系のスーパーで、小学3年生ぐらいの少年がトップバリュ焼酎の見切り品を物色しているのを見てしまいました。
土曜日の夕方のことでした。
焼酎のサイズは4リットルの特大ペットボトルでした。値引きシールには「4割引き」と記されていました。
私は、筆舌に尽くしがたい寂寥感に襲われました。
もちろん、「私の獲物に手を出しやがって」という感情ではなく、「こんな小さな子までもがどうしてお酒の見切り品を…」というセンチメントです。
実は、私は、少年とは入店前にすれ違っていました。
少年はひとりでマウンテンバイクに乗り付けていたので、私は「親からお遣いを頼まれたのかな。まだ小さいのに立派だな。調味料でも買うのかな?」と少し気になっていました。
とは言っても、私は少年を尾行するわけではなく、総菜コーナーで3割引きの焼きそばを選び、セルフレジで会計を済ませ、反対側の出口に向かいました。
そのスーパーでは、見切り品は各売り場に並んでいるのではなく、その出口付近のワゴンにまとめられています。少年はそのワゴンをのぞき込んでいたわけです。
このブログを読んでいただいている皆さんは、「なんだ、おめえ、マタタビよお。毎回毎回、見切り品を買っただの、節約メニューを開発しただの、書き散らかしてんじゃねえかよ。どの口が言ってんだよ。少年はおめえの同志じゃねえのかよ」と思われるかも知れません。
そうした見解は一理あると思います。
しかし、やはり大人と子どもでは事情が異なるのではないでしょうか。
さらに、最近のスーパーは年齢確認が必須ですので、基本的に子どもだけではアルコール類は買えません。
焼酎少年には親がいるはずです。「おう、坊主、土曜の夕方は焼酎割引じゃ。買ってきてくれやあ」と送り出したのでしょうか。でも、その親は子どもだけではお酒が買えないことは多かれ少なかれ知っているはずなんです。それでも送り出したのでしょう。
そんなことを想像していると、先日、私たち親子が直面した出来事が思い起こされました。
うちのむすめはタン塩レモンが好きで、その日、総菜売り場で「きょうはお手伝い頑張ったから買ってちょうだい」とせがまれました。
私はむすめの頑張りに報いたいと、「ほいきた」と喜んでタン塩レモンをカートに入れました。
するとどうでしょう。
揚げ物コーナーで割引きシールを張っていた店員さんが奇遇にもこちらに近づいてくるではありませんか。「ああ、それだったら、割引にしてあげるよ」とシールを貼ってくれようとしているではありませんか。
もちろん、断る理由はありません。ただ、その日は割引きシールの有無に関わらず、タン塩レモンを買ってあげようと心に決めていたのです。
むすめは、親の葛藤を知るはずもなく、「割引してくれるって!やったね!」と無邪気に笑っているではありませんか。
そんな無邪気な娘の笑顔と、4リットル焼酎を品定めしている(度数20%の青ラベルと25%の橙ラベルがあります)少年の後ろ姿が重なってしまったわけです。
少子高齢化、不況、物価高騰、上がらない賃金、国内総生産4位転落…。日本国民が見切り品を求める動機付けは山のようにあると思います。
ただ、わが子にまで、次世代にまで、「見切り品DNA」を植え付けていいのか。確かに、見切り品を選ぶことで、浮いたお金を教育や習い事に回せる。しかし、大切な何かを失ってはいないか―――。
想像が脳を駆け巡り、私の脳はぐわんぐわん回り始めました。
すると、聞き覚えのあるメロディーが響いてきました。
僕は何を思えばいいんだろう
僕は何て言えばいいんだろう
ロックバンド「ザ・イエロー・モンキー」の「JAM」でした。
有名な歌詞「乗客に日本人はいませんでした」のリフレインの直後の一節です。
「いませんでした」が有名かつ強烈過ぎるためか、発表当時から、「時代の不条理を切り取ったある種ジャーナリスティックな曲」であると評価される一方で、「中2病」的な側面もあるとされ、冷笑でもって受け止められることも少なくない曲だと思います。
しかし、個人的には以前から、「JAM」の真骨頂は「いませんでした」の直後にあるのではないかと感じていました。
持論には自信がありましたが、今回、焼酎少年の背中を見ながら、タン塩むすめの顔を思い出していると、確信に変わりました。
外国で発生した飛行機事故の犠牲者が日本人であれ外国人であれ同じように悲しめない現状が不条理であるならば、待ってましたとばかりに見切り品に飛びつかざるを得ない令和ニッポンも不条理であると思います。
そういった不条理に対して、あの日、私は夕日を浴びながら「何を思えばいいんだろう」「何て言えばいいんだろう」と途方に暮れたのです。
世情を恨んだと表現してもいいかもしれません。
しかし、恨んでばかりいてもいけない。
そう思い直した私に、焼酎少年がレジを切り抜けられるかどうか確認する暇はありません。
「JAM」は、ボーカルの吉井和哉さんが娘さんに向けて書いた歌だそうで、最後は次の歌詞で終わります。
こんな夜は逢いたくて 逢いたくて 逢いたくて
君に逢いたくて 君に逢いたくて
また明日を待ってる
この最後の一節も脳内で大音量で鳴り響き、私は「ああ、『君』というのは確かに『わが子』のことだ」と悟り、子どもたちの顔を見るために、家路を急いだのでした。
もちろん3割引きで買った焼きそばを抱えて。