【昭和の正義】近所の子どもが投げた石が愛車に当たったのに嘘をつかれた話【令和の正義】

数年前の話。

 

近所に「道路族」を思わせる集団がいた。

 

少し考えたら、いや、少し考えなくても分かり切った話だが、道路族にはわが子の友達もいる。

 

その子と遊ぶ場合は、不本意ながらわが家も道路族に片足を突っ込まざるを得ない状況に陥る。

 

近隣には戸建て住宅が軒を連ねていて、わが家もその一部だ。戸建てを隔てる通りでは、毎日のように、自転車やキックボードが走り回り、ボールが行き交う。

 

戸建て住宅の駐車スペースでは、当然のように愛車が並んでいる。中には、毎週のように洗車しワックスをかけている愛車もある。

 

わが家は中古で十数年落ちの国産車。「洗車は雨水で」的な取り扱いしかしていなかったが、それでも童のキックボードやボール遊びが気にならないと言えばウソになる、というのが実際だった。

 

そんなある日。空はいつ雨が降り出してもおかしくない表情。夫が休みの平日の出来事だった。

 

きっかけは夫の何気ない行動だった。

 

「今日の道路族の現場は、わが家の前か」という危機感を夫婦が共有していたから、ということでもないが、夫が「近ごろは雨が少ないからねえ。ここらで一雨来るといいんだけどねえ。こんなこと言うと、『日本昔ばなしか!』とか言われちゃうかなあ」とかなんとか言いながら、玄関のドアを開けた。

 

その瞬間だった。

 

ソバージュのような、長州力のような、ヘアースタイルの女児が、駐車スペースに敷き詰めている砕石を地面に向かって叩きつけるのを、夫は見てしまったのだ。

 

その砕石は物理法則に則り、地面に跳ね返り、愛する中古車を直撃した。

 

 

夫の息は止まった。

 

息を止めたのは「われ、わいのベンツに何かましてくれとんねん!」という怒りではもちろんなく、「え、この令和のご時世にこんな愚かな、アホウな遊びをする子がいるのか…」という驚きだった。

 

夫の息は、ソバージュの視線で吹き返した。

 

ソバージュと目が合ってしまったのだ。

 

背が高い上に目つきがとにかく悪い夫はソバージュの表情を観察し、とっさに「いかん!泣かせてしまう!」と直感し、ドアを閉めた。

 

夫は妻に助けを求め、事情を説明した。

 

「さあ、これから信じられない話をするよ。真横にうちの車があるのに、ソバージュが石を投げたんだよ。その石が車に当たってさあ。で、次に、その様子を見ていた僕の視線がソバージュの視線と当たってしまったんだよ。ソバージュは『やっちゃった』というような目をして、泣きそうな表情をしているんだ。ここは僕が対応するより、女性の君の方が何かと事がはかどると思うんだよ。いや、男女の性差っていうことではなく、僕の目つきが悪さをするんじゃないかってね。君のマイルドな人柄の方が、こういう状況にはより適切だと思ってね。ほら、ソバージュは謝ろうとしているかもしれないだろ?」

 

妻は「恐れていたことが起こった。それも最悪のパターンで…」とこぼし、ドアを開け、出て行った。

 

1分後。

 

夫が「どうだった?」と尋ねると、妻は放心状態で答えた。

 

「ソバージュは『何もやっていない』って言うんだよ」

 

夫は「えー!」と驚き、問い返す。

 

「なんでそうなるの?」

 

妻は頭をくしゃくしゃにしながら言った。

 

「玄関先に子どもが4人座っていたんだけど、車にキズがないかぐるりと一周した後、『石を投げて遊んだら危ないし、周りの車に当たることもあるからね。石は投げてない?』と問い掛けたんだよ。そしたら、ソバージュは『していない』って言うんだから。ああ、わが子は黙ってあたしを見ていた。あたしゃあ、『投げました。ごめんなさい』と言うもんだと思ってたから、それ以外のパターンは想定してなかったよ。車はもともとキズだらけで、今回ついたのはどのキズかは分からない。おまけに自供もない。そんな状態で弁償の話をしたら、待っているのは『道路族』とのトラブルだけ。あたしは2秒で負けを悟り、戻ってきたんだよ。こんな難局を乗り切る『親力』は持ち合わせていないよ」

 

夫は「え? それなら、あれかい? ぼくは、あの時点で昭和の近所の頑固じいさんよろしく、ぶちギレたらよかったのかな? 『昭和の不義』には『昭和の正義』で制裁だ!って感じで? でも、そういうわけにもいかなくないかねえ…」と狼狽した。

 

ちなみに、遊びが終わり、帰ってきたわが子に真相を問い詰めると、回答は「ソバージュは石を投げた」だった。おまけに歯も気も抜けたような別の女児も投げていたという新事実も発覚した。歯抜け女児は、妻の質問に対しては間が抜けたような顔をして何も答えなかった。

 

あれ以来、夫婦は何度もソバージュと歯抜け女児に出くわし、互いに気持ちの良い挨拶を交わしているが、あの時どう振舞えばよかったのか。正解は分からないままである。